秋津・高森殿・藤谷神社・子安観音・的石周辺(2011.12.11)

熊本の生活も残り3ヵ月ちょっと。
最近は、国際交流(韓国)が続き、観光をしてなかった。

今日は、久しぶりにドライブ。

ここは、秋津町にある中牟田熊野座神社。

ちょっと前にテレビで中継されていて、気になっていた。
場所は、四時軒の前の道を川沿いに進んだところ。

1613年に建立された。
嘉島町の浮島神社の分社である。

昭和33年に井戸が掘られた。
熊本市の29湧水の一つに数えられている。
名水として知られ、多くの人が水汲みにやってくる。
この日も、次々に水を汲みに来ていた。

グリーンロード南阿蘇を通って、阿蘇へ向かう。

初めて通ったが、景色が良くて気持ちが良かった。
ふと山頂を見ると、雪化粧をしていた。

道路は凍結していないものの、道路端は雪が積もっていた。
阿蘇恐るべし。

地蔵峠へ向かう登山客が多くいた。
寒いのに、よく山登りなんかするものだ・・・

やがて、南阿蘇を臨む展望所に着いた。

2週間前に、韓国人を連れて阿蘇を案内した。
その際は、まだ暖かったのだが・・・
もう外は、凍えるような寒さだ。

アスペクタが見える。
カントリーゴールドがあったのは、つい2か月前。

グリーンピア南阿蘇が見える。
ここには行ったことがない。
露天風呂からの景色が良いそうだ。

高森町に到着。

国道325号から狭い道に入り、しばらく進むと高森殿の入口に着く。
この少し膨らんだ部分に駐車。

道は狭いが、離合するスペースがあるので心配無用。

周辺は、放牧地となっている。

高森殿の杉の入口。
ここからは、歩いて向かう。

ここの柵は、きちんと閉めないといけない。

放牧地と聞いていたが、このときは牛はいなかった。

この辺りは広々していて、とても気持ちが良い。

100mほど進むと、高森殿の杉が見えてくる。

高森殿の杉。
樹齢400年以上で、幹回りは10m以上もある。
高さは、どのくらいあるのだろうか・・・

戦国時代に、この地を治めた高森城主高森伊予守惟直と三森兵庫守能因。
島津氏との戦いに敗れ、この地で自刃したとのこと。

右の杉は、地上から1mのところで3本に枝分かれしている。

テレビでパワースポットとして紹介されてから、よく知られるようになった。
我々の後にも、他県ナンバーのライダーたちが見物しに来ていた。
あまり多くの観光客が来ると、自然が壊されて、雰囲気も損ねてしまう。
今ぐらいの注目のされ方が、一番良いのかもしれない。

ちょっと風邪気味だったが、素晴らしいものを見て元気になった。

高森殿の杉を後にして、次は、いこいの村周辺にある藤谷神社へ。

藤谷神社。
いこいの村駅から奥に入ったところにある。

この神社は、勝負の神様として知られている。

地元の人の手により、綺麗な状態に保たれている。

むっという顔をした狛犬ちゃん。

境内には誰もにいないが、拝殿には電気が灯っている。

藤谷神社の内部。
天狗の面がいくつも掛かっている。

藤谷神社の本殿。

不動明王の石像。

素晴らしい雰囲気の漂う神社であった。

場所が変わって、乙姫ペンション村の奥にある子安河原観音へ。

平成11年に開催された「くまもと未来国体」のキャラクター。
ヒックル、モックル、ミックルの3体。
なかなか強烈なキャラクターだ。

大きな観音像が広い公園の端っこに立っている。

子安観音の入口。
ここで、お参りをする。

実は、この下の河原に、女性の形をした観音様がいるという。

写真の真ん中あたり。

こちらが、御神体。

周辺の河原は、このような感じ。

この河原で石を拾い、女性が股に挟んで寝ると、子宝が授かるそうだ。

その昔、神功皇后が応神天皇を懐妊した。
そのときに、武内宿禰に命じてこの地で安産を祈らせたという。

御利益があるのか、この日も数組の夫婦が訪れていた。
不思議な場所である。

最後に、的石へ行くことにした。

「神秘の石 的石」へ続く階段。

建磐龍命が往生岳から的として矢を射たという石がある。

山の中にあるのかと思っていたら、意外とすぐのところだった。

注連縄をしている岩が、的石である。

周囲20m、高さ10mの巨大な岩だ。

まさに鬼八伝説の起源となった場所である。
古来より続く霜宮での祭事も、ここに由来するものだ。

的石から阿蘇五岳を臨む。

横から見た的石。

意外と知られていない観光地である。
もったいない。

的石を後にして、的石集落の中にある的石御茶屋跡へ。

ここは、御茶屋跡の横にある隼鷹天満宮の鳥居。

的石御茶屋跡。

江戸時代、殿様が大津町から二重の峠を越えて、ここで休憩したという。
今も立派な庭が残されている。

小糸家の高野槇。
細川忠利公の御手植えともいわれている。
樹齢300年、高さ35m。

隼鷹天満宮の境内。

「くまもと名水百選」にも選ばれている御茶屋泉水。

細川綱利公が建立した。
参勤交代の折り、大時化に遭った。
その際、一羽の鷹がやってきて船の帆柱に留まった。
すると、荒れていた何が静まり、無事に航海を終えることが出来た。
その後、夢のお告げにより建立した。
隼鷹天満宮と呼ばれる所以である。

隼鷹天満宮の狛犬ちゃん。

放浪の詩人 宗不旱が、昭和14年にこの地を訪れ、詠んだ句碑。
「隼鷹の宮居の神はやぶ中のい志(し)のかけにておわしけるかも」
この時の直筆の短冊を拡大して石碑に写したとのこと。

的石御茶屋跡から参勤交代の石畳に行く途中にある「めぐすり石」。
目の病に効く水が湧き出てくるという。

歴史の道。
いわゆる豊後街道。
参勤交代の行列が通った道だ。

しばらく進むと、石畳が現れた。

これをずっと進むと、二重の峠に着く。

参勤交代の時代からある檜。
檜に杉が宿った老木で、樹齢は500年。

ここは、映画のロケ地にもってこいの場所だと思う。

これで、阿蘇の観光地もだいたい回り終えたかな。
今後、時間があったら、坂梨地区にも行ってみよう。

久しぶりに充実した一日を過ごすことが出来た。
やはり、どこかに出て回らないと身体がなまってしまう。
良い気分転換になった。

それにしても阿蘇は奥が深い。
草千里や阿蘇神社だけではない。
もっと切り口を変えて、魅力を伝えていく必要があるのではないか。
定番だけだと、あまりにもったいない。

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