繁華街で汚れ、安らぐ 
 不登校時から"プチ援交"自虐思考のユカ 

 星を数えていた。暗い天井に浮かぶ偽物の夜空。じっとベッドに横たわり、冷めた気分で男が終わるのを待つ。新宿・歌舞伎町(東京)のホテル。金と引き換えに最後まで許す"援助交際"は初めてだったが、感慨は何もなかった。会計する男を置き去りにしたユカ(仮名)には、すべてが面倒でどうでもよかった。
 高校一年から続く抑うつ症状が三年になって悪化し、不登校を経て中退したばかり。「女子高生」という肩書を失い、社会の枠組みを外れていく孤独や焦りを何かで埋めたかった。インターネットやゲームで時間をつぶす不登校生活が長引き、将来への不安が金銭欲を強めていた。
 「いつ自殺してもおかしくない精神状態で、買いたい物なんて別になかった。なのにお金だけが無性に欲しくて、意味もなく貯金に励んでた。お金があれば、一人で生きていけると思ったんじゃないかな。意識はしなかったけど」
 首都圏のベッドタウンから電車を乗り継ぎ、歌舞伎町に通い始めたのは高校二年の冬。不登校が始まり、上位だった成績は急降下していた。
 初めは食事などに付き合うだけで金をもらう"プチ援助交際"を狙うはずが、声を掛けてきた中年の男に物影で抱きつかれ、キスを迫られた。「五万あげる」との誘いを振り切り、自己嫌悪にまみれて帰宅。自室の壁に頭をたたきつけ、手首を針で傷つけた。頭の中は「死にたい」と「助けて」でいっぱいだった。
 それでも止まらなかった。わずか二日で新宿に復帰。風俗店経営の男とゲームセンターで遊び、小遣いをもらったのを機に深みにはまった。以後、出会い系サイトにも手を出し、トラブルが相次ぐ。カラオケ店の個室や雑居ビルのトイレに連れ込まれ、複数の男たちにレイプ同然の行為を強要されたこともあった。
 「ひどい目に遭った後は吐き気がして、猛烈に死にたくなったけど、傷つき、汚されていく自分に安らぐ自虐的な気分もあった。自分でも『病んでるなあ』と思ったけど、親に頼るなんて無理。結局は『どうでもいいや』と投げやりになった」
 精神科の処方薬を大量にあおり、ユカが自殺未遂を繰り返したのはそんな時期だった。


 〈取材メモ〉
 ユカを突き動かす負のパワーはすさまじい。だが理解不能と切り捨てては何も変わらない。覚悟して向き合った。
   ×   ×   
 昨年まで八年連続で三万人を超えた日本の自殺者。死に急ぐ若者の増加が目立つ。胸中には何があるのか。自殺衝動に苦しみ、もがく少女たちを追った。

 

若者の自殺  

 警察庁によると、2005年の自殺者は3万2552人。過半数を占める50代以上は減り、40代以下が増加。20代は約3400人、19歳以下は約600人だった。職業別では学生・生徒が861人と1978年の統計開始以降で2番目の多さ。インターネットを使った集団自殺は34件で、91人が死亡。過去3年で約3倍に急増。20代が最も多い。

 

罪悪感生む幼時の記憶 
 泣き叫ぶ母に自責の念  自虐思考のユカ 

 ひたすら申し訳ない。生きていること自体が迷惑。できるなら壊れて発狂したい。高校二年から三年にかけ、四十錠、六十錠、八十錠と三回の服薬自殺を図ったユカ(仮名)の頭では、こんな言葉が明滅していた。その罪悪感と自責の念の源を探ると、幼少時の強烈な記憶に行き着く。
 小学五年生の冬。自宅の台所で「ガシャン!」と大きな物音がし、泣き叫ぶ母の怒鳴り声が響いた。「もう嫌!」「死にたい!」。恐る恐る見に行くと、壁にトースターが投げ付けられ、怖くて近寄れない。物に当たって暴れる姿を見て「殺される」と本気で思った。
 同級生のいじめが原因で体調を崩し、半年ほど不登校が続いていた。心療内科で「しからないで」と言われた母が優しかったのは数日だけ。次第にため息が増え、朝の登校時だけ具合が悪い娘を見て「仮病でしょ」と決め付けることも。不機嫌続きの父との口論も増え、夫婦げんかの果てにイライラを爆発させた。
 「ちゃんと学校に行けない私が全部悪い。これ以上ない親不孝で、生きてる価値もないカスだと思った」とユカ。洗い物の際に食器がぶつかる音を聞くと、今も恐怖と罪悪感で泣きそうになる。
 高校入学後、うつを抱えて不登校となり、状況が再現された。今回は「境界型人格障害」などと診断されたが、付き添いなしでは通院も難しく、疲れた両親の不和に心が痛んだ。「迷惑の塊」「動く汚物」。惨めな自己イメージが広がった。
 感情の起伏が激しい母への思いは複雑だ。「親だから好きだし、甘えたい。でも、いつ、どこでキレるか不安で、優しくされても信じられない」
 逆に「勝手に死ねば」などと暴言を吐かれた時は、「見放されたら生きていけない」と耐えるほかない。常に母の顔色をうかがい、事前に危険を察知する癖が身についた。何げない会話が火種にならないように、同じ屋根の下にいながら携帯電話のメールを使い、慎重に"会話"することも。
 そんな緊張の裂け目から、自殺衝動が噴き出すのかもしれない。「泣いて暴れたり自傷してる間は、まだ救いを求めてるから死なない。怖くて寂しくて、じっと自虐思考に落ち込むと危ない」とユカは言う。


 〈取材メモ〉
 無邪気とは、もはや子どもの代名詞ではない。大人以上に細やかな心は簡単にゆがみ、えぐれ、痛みは長引く。

 

境界型人格障害

 物事の認識や行動が極端で、社会への適応が難しい人格障害のうち、感情の起伏が特に激しく対人関係が不安定なタイプ。他人に見捨てられる不安が強く、衝動的に自殺を図ったり、自傷行為や性的逸脱など自己破壊的に行動しやすい。思春期以降の女性に多く、加齢とともに減るとされる。「境界例」「ボーダーライン」とも呼ばれ、母子関係の影響を指摘する説もある。

 

生きるだけで精いっぱい 
 不信と孤独に流された恋  自虐思考のユカ 

 今は優しくても、いつキレるか分からない母。急に激怒し、見放されてしまうかも。そんな不安と緊張が、ユカ(仮名)の対人関係に影を落とす。「人の善意や好意が信じられないから、周囲に迷惑をかけるのが異常に怖い。すごく寂しいくせに人嫌い」と薄く笑う。
 始まりかけた恋も、実らずに消えた。
 新宿・歌舞伎町(東京)で"プチ援助交際"を始めた十七歳の冬。JRの駅で声をかけてきた二十代後半のリョウタ(仮名)とカラオケや映画に出かけ、ファストフード店で話し込んだ。男っぽい関西弁に、さりげない優しさ。異性にひかれていく初めての感覚が不思議で、うれしかった。初体験のベッドを出て、帰宅するのがつらかった。
 でも、恋と認めるのは怖かった。離れたくない気持ちの裏で、「きっと見捨てられる」と誰かがささやく。初めての自殺未遂の後、心配はするが、心の病の話には逃げ腰のリョウタに「遊ばれているだけかも」と不信感も芽生えた。「ちゃんと付き合って」。勇気を出して告白したメールへの返信は「何とも言えない」。半端な態度が我慢できず、関係を断ち切った。
 「私にとって彼は、つらい時の逃げ場でしかなかった。お互いに依存するだけになりそうで、今も恋愛はできない。他人と普通に接することができることを『治った』と言うなら、この病気は一生治らない気がする」
 十代最後の年を迎え、抑うつ症状は小康状態。親の助けを借りて軽いアルバイトも始めた。ただ進学、就職、結婚と進む友人を思うと、見通しのない自分が「死んだまま時間に流されていく」のが見える。仕方ないのか、甘えているだけなのか。悩み始めると止まらず、死の誘惑が忍び寄る。
 「心の病でも働いてる人はいるし、いつまでも甘えていられないとは思う。でも本当は、まだ生きてるだけで精いっぱい。元気になったと期待されるのも怖い」とユカ。
 記者の携帯電話に近況報告のメールが届いた。「早く普通のアルバイトがしたいけど、あまり考えると死にたくなる微妙な精神状態。ダメですね。どうしても自分を追い込んじゃいます」。歌舞伎町には約一年前から、足を踏み入れていないという。


 〈取材メモ〉
 悩んで失意に沈むより、流れに身を任せて休んでほしい。家族は慌てず穏やかに。陳腐だが、明けない夜はない。

 

歌舞伎町

 東京都新宿区のJR新宿駅北側に広がる日本最大の歓楽街。飲食店や遊技場、風俗店、ラブホテルなど数千軒が約500メートル四方の地域に密集し、2001年には44人が死亡するビル火災が発生。暴力団、外国人犯罪の象徴的存在だったが、近年は都条例や風営法が改正され、行政が治安対策を強化。警察や入管当局、住民が環境浄化作戦を続けている。

(山下憲一・共同通信文化部記者)