"普通"でない自分に苦悩 
 ひび割れた笑顔の仮面  発達障害のサキ 

 私は普通じゃない。西日本の幼稚園に通い始め、サキ(仮名)は気がついた。ほかの子との会話がちぐはぐで、遊びの場で浮いてしまう。集団行動は苦手で、頭の中の「お友だち」や「お姉ちゃん」が話し相手だった。「最初はみんなも同じだと思ってました。『変な子!』と仲間外れにされ、自分が変なんだと思うようになった」と話す。
 違いは成長とともに際立った。聴覚が過敏になり、何キロも離れた列車の音がはっきり聞こえた。小学生になると「人格交代」が頻発。言動に一貫性がなくなり「うそつき!」と嫌われ、迷惑そうな教師の態度にも傷ついた。「普通の子」になれない自分を憎みつつ、かぶったのは笑顔の仮面。せめて「個性的な子」に見えるよう必死だった。
 だが仮面はすぐに割れた。朝礼や体育の授業のざわめきが苦手で、過呼吸の発作が相次いだ中学時代。「仮病じゃないの?」という級友の陰口に、笑顔を返せなくなった。親しい人の優しさも心苦しく、かみそりで腕や足を切る自傷行為が止まらなくなった。
 「どんなに頑張っても、結局は周囲を不快にさせてしまう自分を罰したかった。私が存在すること自体が罪で、幸せになるのは許されないと考えるようになった」
 インターネットにホームページを開いたのは、中学三年の冬。悩む若者に向け「私みたいに自暴自棄にならず、小さな喜びに気づいて」と書き残し、「明日にでも逝きます」と自殺を予告。ネットに「短時間で死ねる」とあった液体の瓶を夜の校舎に持ち込み、一気に飲み干した。
 「最期まで迷惑だったかな」。鼻を突くにおいの中で、自殺予告の反響が気になった。切っていた携帯電話の電源を入れ、メールを読もうとした途端に鳴り出した着信音。心配そうな教師の声を聞いて力が抜けた。約一時間後には病院にいた。
 「救急措置が苦しくて、血が出るほど吐き続けた。生きるか死ぬか。中途半端が一番きついです」と苦笑いするサキ。
 「世の中の枠に収まりきらないんだよ」と笑った精神科医の診断は発達障害の「アスペルガー症候群」。生きづらさの正体が見えた気がした。だが、闘いは始まったばかりだった。


 〈取材メモ〉
 才気にあふれ、情感も豊かなサキ。社会への関心も深く、話が楽しい。生きていてよかった。素直にそう思った。

 

ネット自殺予告   

 インターネット集団自殺などの際、電子掲示板などで自殺予告する行為が問題化。警察庁の有識者会議の提言を受け、プロバイダー(接続業者)などの業界団体は昨年秋、/(1)/時期が切迫/(2)/場所や動機などが具体的/(3)/意思が明確 ―などの場合、予告者の個人情報を警察に開示できるとするガイドラインを作った。「通信の秘密」侵害が許される例外的な措置で、異論もある。

 

消え去り、罪の償いを 
 入院中も激しく自傷  発達障害のサキ 

 社会性や意思疎通の能力、想像力の発達に問題があり、広い意味で「自閉症」に含まれる。知的な遅れや言葉の障害はない。そう定義される「アスペルガー症候群」との診断に、サキ(仮名)の両親は当初、強く抵抗した。「うちの娘は自閉症とは違いますから」
 自閉症には「内気な性格の問題」「しつけが悪い」などの誤解と偏見があるが、同症候群の子どもの多くは話し好きで、成績も良い。一見して障害があるように見えないものの、他人の気持ちを察したり、言外の意味を酌み取るのは苦手。人間関係の「暗黙のルール」に気付けず、場の雰囲気を乱したり、いじめの標的になりやすい。
 「どこに行っても疎まれる自分を何度のろい、恨んだことか。障害という理由が見つかって、少しだけホッとした」とサキは言う。
 ただ生きづらさは容易に消えなかった。校舎での自殺未遂の後、数カ月の入院で一時は落ち着き、志望高校の受験もパスしたが、入学早々の朝礼で過呼吸の発作が再発。リストカットなどの自傷行為も激しくなり、新学期の途中で病院に戻らざるを得なかった。
 病棟から外出して市販の消毒薬をあおったのは、約一カ月後。素知らぬ顔で病室に戻ったため、翌日まで発覚せず、酸素マスクを着けたまま生死の境をさまよった。一週間後に意識が戻ると、今度は飛び降り自殺を画策。開かないように細工された窓をこじ開けようとして見つかり、重い扉で外部と遮断された「保護室」に"監禁"された。
 鉄格子がはまり、ブラインドも下りた窓越しに、夕焼けの気配だけが伝わった。広さ三畳ほどの床にマットレスが敷かれ、天井には二十四時間作動する監視カメラ。閉鎖病棟の独房のような部屋で、自分の顔や体を殴り、頭を壁に打ちつけた。駆け付けた看護師が鎮静剤を注射しても、意識がなくなるまで暴れた。
 もっと苦しまなきゃ。誰が何と言おうと死ななければ…。そんな強迫観念に取りつかれていた。「この世からも人の記憶からも、完全に消え去りたかった。母の心を殺した罪を償うには、それしかないと思った」。追い込まれた母の"本音"を思い出し、あらためて胸がきしんだ。


 〈取材メモ〉
 家族だけでは抱えきれない。専門家だけでも力は及ばない。本人は毎日が必死。手をつなぐことで解決は近づく。

 

自閉症

 発達障害の一種で脳の機能障害が原因とされ、親の愛情不足などの環境的要因は否定されている。典型例は国内に推定約36万人。「アスペルガー症候群」なども含めた広い意味の自閉症は「広汎性発達障害」とも呼ばれ、約120万人に上るとみられる。幼少期から適切な支援を受ければ社会への適応は可能にもかかわらず、診断できる専門医が少ないなど対策は遅れている。

 

自分は自分のままでいい 
 母への愛憎は抱えつつ  発達障害のサキ 

 今ほど一般的でなかった高齢出産に臨んだ母は、産科医からリスクを指摘されていたという。「死産か重い障害かもしれない」。生まれてきたサキ(仮名)にあったのは免疫の障害。薬が効きにくい体質でもあった。「物心ついた時は毎日のように病院に通ってた。元気な日がないほど病弱でした」と話す。
 通院と看病に忙殺され、疲労とストレスをため込んでいく母。仕事人間の父は「おまえの育て方が悪い」と言うばかりで、家庭は険悪な空気で張り詰めた。幼稚園や学校になじめないサキが、火に油を注ぐ形になった。
 「あんたなんか居なくていい」「生まれなければよかった」。精神的に追い詰められた母が、われを忘れて口走る言葉に"本音"を感じた。「そんなに邪魔なの?」。放課後も帰宅する気になれず、夜の街を歩き回った。
 言葉の背景に思いが至らず、批判的な言動に弱いのも、アスペルガー症候群の特徴。障害を自覚した今なら母のつらさも想像できるが、「当時はもっと愛情が欲しかった。私の存在を認めてほしかった」。一方で、悪いのは自分という思いも強い。複雑でやり切れない感情は残ったままだ。
 入院治療に区切りがついたのは、昨年のこと。退院直後は列車に飛び込もうとするなど不安定だったが、地道な投薬と精神療法の結果、薄紙をはぐように少しずつ上向いた。一年留年した高校は「保健室登校」や補習でしのぎ、今年は進級も果たした。
 「障害があっても、私みたいに惨めな思いをしないで済む世の中になってほしい。身近な幸せに目を向ける手助けをする仕事がしたい」。地元を離れて大学に進む夢も、現実味を帯びてきた。
 アスペルガー症候群に根本的な治療法はない。「苦手な環境に適応しようとして無理が重なり、不安発作や多重人格のような症状、自傷行為が併発し、死にたい気持ちにつながったのではないか」と担当医は説明したという。
 「自分は自分のままでいい。無理に治そうとは思ってません」とサキ。死へのこだわりは根強いが、自傷行為は止まって半年を超えた。「学校では相変わらず変人ですけど」と笑える瞬間もある。もがきつつ、あきらめず、前へ。そんな十八歳の季節が流れる。


 〈取材メモ〉
 親も子も事情はある。大切なのは互いに理解しようとする意志。衝突しても離れはしない。そんな関係が欲しい。

 

発達障害者支援法 

 自閉症やアスペルガー症候群、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)などの発達障害の子どもらの早期発見と適切な療育を目的に、昨年春に施行された。従来は知的な遅れがないと障害認定されず、福祉サービスの対象外だった。都道府県に本人や家族の相談を受ける支援センターを設け、専門医療機関の確保や就労支援などを国や自治体に義務付けた。

(山下憲一・共同通信文化部記者)