3.かえる様の闘病記

年トシ 経過ケイカ その頃コロあったこと
     
1963年ネン 名古屋市ナゴヤシ中村区ナカムラクにて生ウまれる 2歳サイのときから両親リョウシン別居ベッキョ
  子供コドモの頃コロから朝アサは目覚メザめが悪ワルく、よく叱シカられていた 7歳サイのときに両親リョウシン離婚リコン
     
1979年ネン うつの症状ショウジョウが出始デハジめる 生ウまれた土地トチから引越ヒッコす。
  朝アサの授業ジュギョウにでられなくなり、遅刻チコクが増フえる 母ハハが喫茶店キッサテンを始ハジめる。
     
1981年ネン 専門センモン学校ガッコウへ入学ニュウガク。課題カダイ(宿題シュクダイ)が多オオく夜型ヨルガタの生活セイカツになる 母親ハハオヤ代ガわりだった祖母ソボが他界タカイ
  朝アサの授業ジュギョウにでられない  
     
1983年ネン 設計セッケイ事務ジム所ショに勤ツトめる  
  やはり遅刻チコク・無断ムダン欠勤ケッキンが多オオく、よく注意チュウイされる  
  電話デンワをすることすらできない  
  自分ジブンを責セめ続ツヅける 2泊ハク3日ニチの衝動的ショウドウテキな家出イエデ
     
1984年ネン〜 居イづらくなって辞職ジショク。自分ジブンを責セめる  
  3ヶ月ゲツ後ゴに第一回転職テンショク。  
  ワーカーホリックの上司ジョウシの下シタで働ハタラく 残業ザンギョウ100時間以上ジカンイジョウ。
  遅刻チコク・無断ムダン欠勤ケッキンがひどくなる 立タちくらみ、座スワりくらみ、めまい、および
  通勤ツウキン時ジ降オりなければならない駅エキで降オりられず、 耳鳴ミミナりは日常ニチジョウ茶飯事サハンジ
  電車デンシャで行イったりきたりをしたり、家イエに帰カエってしまったりする  
  仕事シゴトと帰カエって寝ネるだけの生活セイカツが続ツヅく
  友人ユウジンとも連絡レンラクを取トっていない時期ジキが続ツヅく  
  社会シャカイ常識ジョウシキを疑ウタガわれたり、ドラッグをしてないかと言イわれたり 引越ヒッコし
  人間性ニンゲンセイの問題モンダイだ、根性コンジョウがないと言イわれたりする  
  この頃コロは、同世代ドウセダイの人ヒトが集アツまって話ハナしていると  
  自分ジブンの悪口ワルクチを言イわれているような気キがする。  
  うつ病ビョウの同僚ドウリョウがいて、周マワりからキチガイ扱アツカいされていた 二級ニキュウ建築士ケンチクシ資格シカク取得シュトク
     
  病院ビョウインへ行イくが過眠カミンは病気ビョウキではないと笑ワラわれること2回カイ 引越ヒッコし(一人ヒトリ暮グらしを始ハジめる)
     
1990年ネン〜 居イづらくなって辞職ジショク。自分ジブンを責セめる 自己ジコ啓発ケイハツセミナーに参加サンカ
  3ヶ月ゲツ後ゴぐらいに第二回ダイニカイ転職テンショク  
  遅刻チコク・無断ムダン欠勤ケッキンがひどくなる  
  事務ジム所ショの所長ショチョウに精神科セイシンカへ行イくことを勧ススめられる  
  初ハジめてうつ状態ジョウタイだと言イわれ、カウンセリングを受ウけ始ハジめる 医師イシに薬物ヤクブツ療法リョウホウとカウンセリングのどちらかを
  自分ジブンを受ウけ入イれてくれた病院ビョウインがあったことに涙ナミダする 選択センタクするように言イわれる。
  (カウンセリング約ヤク5年間ネンカン)  
  カウンセリング一年イチネン目メで初ハジめて自分ジブンを「病気ビョウキ」だと認ミトめる  
  代ダイ三回サンカイ転テン職ショク、半年後ハントシゴに辞職ジショク。 本屋ホンヤでアルバイト(第ダイ4回カイ転職テンショク)
  途中トチュウ新聞シンブン記事キジで睡眠スイミン障害ショウガイを知シる 半年後ハントシゴ第ダイ5回カイ転職テンショク
  自分ジブンと似ニた症状ショウジョウなので医師イシに相談ソウダン  
  睡眠スイミン障害ショウガイ専門センモンのある大学ダイガク病院ビョウインを紹介ショウカイされる。 カウンセリングはもとの病院ビョウインで続ツヅける
  睡眠スイミン障害ショウガイではなくラピットサイクラーではないかと言イわれ 過食カショク傾向ケイコウあり
  もとの病院ビョウインに戻モドって薬物ヤクブツ療法リョウホウを始ハジめる いくら薬グスリを変カえても効き目キキメがない
  途中トチュウ2ヶ月ゲツの入院ニュウイン(自宅ジタクへ毎日マイニチ通勤ツウキンする) 知人チジンと事務ジム所ショを始ハジめ自宅ジタク勤務キンムする
     
1998年ネン〜 独立ドクリツして自営業ジエイギョウ始ハジめる(建築ケンチクのCADによる施工セコウ図ズ作成サクセイ) 消キえてしまいたいと思オモう気持キモちが強ツヨくjなる
  近所キンジョのクリニックに転院テンイン 事故ジコや他タの病気ビョウキで死シぬことを願ネガう
  事務的ジムテキな医師イシで信頼シンライできなかった  
     
2000年ネン〜 現在ゲンザイのクリニックに転院テンイン 結婚ケッコン、引越ヒッコし
    時々南の海へ行くようになる
2002年ネン〜 アモキサンが始ハジめて効果コウカをあらわす 夫オットと二人フタリで住宅ジュウタク設計セッケイを始ハジめる
  最初サイショの2週間シュウカンは躁ソウ転テン状態ジョウタイだったが、次第シダイに落オち着ツく  
今イマ思オモうと、子供コドモの頃コロから朝アサが弱ヨワかったので、
怠ナマけだと、自分ジブンからも他人タニンからも責セめ続ツヅけて12年ネン、
どこかがおかしいと思オモうことはあったが、病気ビョウキのせいにするのは
卑怯ヒキョウだと自分ジブンに言い聞イイキかせて頑張ガンバってきました。
その間カンにすっかり慢性化マンセイカしこじらせてしまいました。
もっと早ハヤくうつを知シっていれば、治療チリョウを始ハジめればよかった、
他人タニンが何ナンといおうが自分ジブンだけは自分ジブンを守マモってあげればよかった
と思オモいます。
カウンセリングだけではなく、薬物ヤクブツ療法リョウホウも平行ヘイコウしていれば
もっと早ハヤく今イマの薬クスリに出会デアえたかもしれません。
症状ショウジョウは過眠カミン傾向ケイコウと深フカい落オち込コみ、軽カルい躁ソウがあり、過食カショク、自殺ジサツ念ネン慮リョもありました。
通勤ツウキンは周マワりまで巻マき込コんでしまうので無理ムリと諦アキラめ
(悪影響を与えると言われたこともある)
自宅ジタクでできる仕事シゴトを始ハジめました。
生活セイカツのためだけと割ワり切キって始ハジめた仕事シゴトはやりがいも少スクなく
強ツヨいストレスがありました。
長ナガい長ナガいうつのトンネルや、諦アキラめかけたこともあります。
が、夫と二人で仕事を始めてから
やりがいのある仕事シゴトでストレスが減ヘりました。
ちょうど自分ジブンに合アった薬クスリにも出会デアえました。
そこから、うつが大オオきく改善カイゼンされましたが、イライラだけは残ノコりました
それも、薬クスリの副作用フクサヨウの可能性カノウセイがあり、副作用フクサヨウを抑オサえる薬クスリを処方ショホウしてもらったことにより、
イライラも軽減ケイゲンしました。
まだ、趣味シュミを楽タノしむことまではできませんが
仕事シゴトが楽タノしくでき、朝アサの苦クルしみがなくなったのは大オオきな一歩イッポでした。
今イマは夫オットがパニック障害ショウガイからうつを併発ヘイハツしています。
夫オットとの付ツき合アいは10年ネン前マエからで、お互タガいに最大サイダイの理解者リカイシャです。
どんな病気ビョウキもそうですが、早期ソウキ発見ハッケン早期ソウキ治療チリョウの大切タイセツさを強ツヨく感カンじますし、
心ココロの病ヤでは、何ナニよりも自分ジブンで自分ジブンを責セめないで、逆ギャクにかばってあげなければならないと痛感ツウカンします