2025年12月28日 聖家族の祝日 この日のテーマ
救い主イエスは、聖母マリアから生まれます。すべての人が母親から生まれるように、神の子も母親から生まれるので「人の子」と呼ばれます。子が生まれると、夫婦が家族になります。主イエスが誕生すると同時に、聖家族も誕生しました。この二つは切り離せません。母無くして子は生まれせん。父無しでも生まれません。聖母マリアが神の計画に「はい」と応えたから神の子が宿り、聖ヨゼフが神の計画に「はい」と応えたから神の子が生まれました。イエス、マリア、ヨゼフは聖家族です。切り離すことはできません。洗礼を受けた人は、聖家族の中に新たに生まれます。だから、教会は聖家族でもあります。
主イエスを信じても、聖家族(教会)を忘れる人は神から離れます。また、神を愛すると言いながら、目の前の人への思いやりを忘れるなら、主イエスから離れます。救い主イエスへの愛は、目の前の人に仕えることで実現します。「小さな人にしてくれたことは、私(主イエス)にしてくれたこと」(マタイ25.40)だからです。自分一人では救われないのです。自分から救いは来ません。救いはイエスから来ます。そしてイエスは聖家族の中にしかいません。救われる人は、聖家族の中で生きる人だけです。自分の殻を割って外に出て、目の前の人に仕える「聖家族の中の信仰」です。
今日の福音が記すように、救い主は「インマヌエル」(神は我々と共にいる)と言われます(マタイ1.24参照)。神が人となって私たちの中に住まわれたことを指していますが、もう一つの意味があります。救い主は「我々」という複数形の中にいるのです。孤立している人の中にはいません。「互いに愛し合うなら、私イエスはそこにいる」(ヨハネ13.35参照)のです。救い主は馬小屋で幼子として来られます。だから、私たちの愛を必要としています。逆説的ですが、救われたいなら、幼子イエスを世話する覚悟が必要です。イエスを救う人が救われるのです。それは隣人への愛です。「赦す人はゆるされ、与える人は与えられる」ます(主の祈りを参照)。
「自分の快適さの中に閉じこもって、安心・安全と思い込んでいる現代人は、結局、恐れや悲しみ、不安を抱くことになるでしょう。この地上で自分の使命を果たさない人は、真の幸福を見いだせず、欲求不満に陥ってしまいます。だから、神が望まれるところへ導かれる道を歩んでください」(回勅『主は私たちを愛された』215番)。