2026年1月11日 主の洗礼 参考テキスト
(雪のため勉強会は中止になりました)
新しい年を始めるにあたって、典礼は「新しい歌を主に歌え」(詩編98)と勧めます。「新しい歌」とは何でしょうか? パウロは「以前の生き方(…)滅びゆく古い人を脱ぎ捨て、神にかたどって造られた新しい人を着る」(エフェゾ4.22-24)ように促し、「誰でもキリストにあるならば、その人は新しく造られた人です。古いものは過ぎ去った」(②コリント5.17)のです。さらに「新しい人を着たのです。新しい人は、造り主の姿に倣って更新され、真の知識に至る」(コロサイ3.10)と教えています。このように新しい歌とは目新しい事を指すのではなく、「新しい人」になり、新しい心で現実と向き合うことを意味します。
「新しい人」の特徴は、怒り、憤り、悪意を捨てて、慈しみ、謙遜、柔和、寛容を身に着けます。対人関係においては、敵意を捨て、ゆるすこと、いつも親切を心がけます。損得、利害、好き嫌いに従わず、自分の欲望のためではなく、人々に役立つために生きます。神に仕えるために、人々に真心を込めて仕えます。神の恵みに応えるために、喜んで自分を犠牲にできる人になります。いきなり人間は変われませんが、変わろうとしなければ、何も変わりません。まず「古い人」を脱ぎ捨てることから始めましょう。
「古い人」とは何でしょうか。それは仕事や社会生活を「いやいや、仕方なく、義務的に」果たす人です。不平や不満が溜まります。思い通りにならない人生にストレスが増大します。義務と自分自身の人生がリンクしていないのです。常に社会と対立しています。その原因は自己愛です。そもそも義務とは社会と人々に貢献することです。人々の役に立てることは喜ばしいはずです。ところが、自分の好きなように生きたいことが邪魔されて、被害者のように感じます。「新しい人」は、義務を喜んで果たします。言われたからするのではなくて、自分から取り組みます。それが人々のために役立つからです。必要最低限で済ませるのではなく、出来るだけ善くしようと努めます。
「新しい人」の出発点は洗礼です。救い主イエスは「小さな光」となって私たちを訪れます。洗礼を受けた人は「キリストの光をもたらす者になりなさい」と告げられます。家庭人、社会人として、自分の使命を果たしながら人々の心に光をもたらすのです。この光は「愛徳」と呼ばれますが、日本語の伝統に従うなら、誠の心、真心をもって人と向き合うことです。一人一人が目の前の人を照らす光、最澄が言う『一隅を照らす』です。2026年、みんなで新しい歌を合唱しましょう。