四書五経の『大学』に「上徳如谷」(最上の徳は谷のようである)という言葉があります。谷とは、養分を含んだ豊かな水が下って集る場所です。へ りくだる人には、善い人、よい情報、良いもの、お金が集まるという意味です。この谷の心が欠けると「谷+欠=欲」になります。欲に引っ張られる人 は、善いものが逃げていきます。お金も運も離れていきます。福音書には「敵を愛しなさい。神は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、雨を降らせてくださ る」とあります。このように欲を手放し、人々のために分け隔てなく仕えるのは「天の父の子となるためである」(マタイ6.43-48)と、はっき り書いてあります。
悪魔は「神のようになりたい」という欲を利用して人祖を誘惑しました。また、「神の子なら…」と荒れ野で断食するイエスを誘惑しました。神の子 になりたいなら、谷の心、すなわち、欲に負けない心が第一です。さらに、へりくだり、仕えることが不可欠です。四旬節に祈りと断食を捧げる意味 が、ここにあります。欲に縛られた心は、勝ち負けや損得で考えるので、仕えることができません。こうして、神の子になる機会を自分から失うので す。欲で動くと、神のようになりたいと思いながら神から離れ、幸せになりたいと思いながら不幸になり、友を得ようとして失います。こんな失敗を重 ねて、人と交わることを恐れて、自分だけの快適さの中に殻に閉じこもりたいという誘惑に陥ります。
神の呼びかけに耳を塞いではいけません。いつでも生き方を変えるチャンスです。欲を捨てて、誰かのために日を昇らせ、恵みの雨を降らすことが出 来ます。欲だけでは金メダルを取ることはできません。最後は「あなたのために滑ります」「お世話になった方への恩返しのために飛びます」という仕 える心が不可欠なのです。実力を持ちながら欲のプレッシャーに押しつぶされて、力を出し切れなかった選手もいました。人生も同じです。心を切り替 えましょう。欲は失敗を恐れます。そして失敗を招きます。愛は失敗を恐れません。少しでも役に立つことが幸せにつながるからです。
欲で動く人は考えます。「いいことがあれば笑える」。しかし、現実は逆です。いつも笑っているから、いいことが起こるのです。「笑う門には福来
る」です。同じように、ふくれっ面をしていると悪い事が起こるのです。「泣きっ面に蜂」です。自分自身の心が未来を創り出しているのです。癌に
なって不幸と思うか、試練と受け止めるかは自分次第です。幸せは今の自分の心次第です。誰かのせいではありません。順境に感謝。逆境にも感謝。笑
顔で受け取りましょう。「乗り越えられない試練はない」(1コリント10.13)、神は私の父だからです。「天におられる私たちの父よ」。