take様の闘病記

発病ハツビョウ前夜ゼンヤ:2001ナツ
出来事デキゴト 当時トウジ状態ジョウタイ イマオモコト
イマまでの定常テイジョウ業務ギョウムクワえて、新規シンキ開発カイハツ業務ギョウム上乗ウワノせされる。
それは、ナニナンでも成功セイコウさせなければ、翌年ヨクトシ部署ブショ仕事シゴト
マッタくなる、というとてつもないリスク&プレッシャーのあるもの
だった。
例年レイネン夏場ナツバ仕事シゴトリョウスクないので、当初トウショはあまり仕事シゴトリョウ
にならなかったが、冬場フユバになるにつれ仕事シゴトリョウ増大ゾウダイし、
くと、毎週マイシュウ休出キュウシュツたりマエとなり、残業ザンギョウ休出キュウシュツ時間ジカン
130時間ジカン/ツキすようになっていた。
上手ウマかなかった場合バアイ
自分ジブンだけではなく、部署ブショ
全部ゼンブヒト迷惑メイワクをかける
コトになるため、なんとしても
やりげねば、という気持キモ
でいっぱいでした。
夏場ナツバはともかく、冬場フユバ仕事シゴトリョウ
にはアキらかに無理ムリがありました。
定常テイジョウ業務ギョウム軽減ケイゲン上司ジョウシ要望ヨウボウ
するナドナニ行動コウドウこせば
かったとオモいます。
全責任ゼンセキニンヒトりで背負セオっていた
ヨウオモいます。
ハツショウ悪化アッカハジめての通院ツウイン:2001フユ
当然トウゼンながら、体調タイチョウ悪化アッカ一途イットをたどり、睡眠スイミン障害ショウガイ出始デハジめる。
食欲ショクヨク減退ゲンタイし、集中力シュウチュウリョクツヅかなくなってた。
ちょっとしたコトツカれやすくなり、一旦イッタンツカれると、なかなか回復カイフク
しなくなってしまった。
このコロから、階段カイダン歩道橋ホドウキョウナドタカトコロくとりたくなったり
エキのホームや踏切フミキリ列車レッシャみたくなる自殺ジサツネンリョ顕在化ケンザイカ
自分ジブン自分ジブンをコントロール出来デキなくなり、1ヶゲツほどマヨったスエ
12/25にハジめて心療シンリョウ内科ナイカ通院ツウインする。
インターネットのHP、「UTU-NET」がワタシ背中セナカしてくれた。
仕事シゴト精一杯セイイッパイで、極端キョクタン
視野シヤセマくなっていました。
オモうように仕事シゴトススまず
過重カジュウなストレスをカカえて、
それでもヒトりでがんばって
いました。
限界ゲンカイカンじつつも、部署ブショ全体ゼンタイ
への影響エイキョウカンガえ、仕事シゴトホウ
コト出来デキませんでした。
仕事シゴト能率ノウリツ低下テイカ残業ザンギョウしてオギナ
→さらなる体調タイチョウ悪化アッカ→さらに
能率ノウリツ低下テイカ、という悪循環アクジュンカン
完全カンゼンオチイっていました。
ここで上司ジョウシ業務ギョウム管理カンリして
いれば、めるべき状況ジョウキョウだった
のだと、イマオモいます。
また、思考シコウ完全カンゼンに「〜すべき」
になっていて、余計ヨケイ自分ジブン
んでいました。
通院ツウインしながらの出勤シュッキン:〜2003/6/15
ナンとか、新規シンキ開発カイハツ目標モクヒョウ達成タッセイし、翌年ヨクトシ仕事シゴト心配シンパイくなった。
最初サイショ通院ツウインからヤク年半ネンハン通院ツウインしながら仕事シゴトツヅけていた。
夏場ナツバ仕事シゴトリョウ時期ジキもあったのだが、症状ショウジョウオサまらず、大量タイリョウ
コウウツザイ安定剤アンテイザイ睡眠薬スイミンヤクルイササえられながら、ナンとか出勤シュッキンしていた。
しかし、睡眠スイミン障害ショウガイ次第シダイ悪化アッカ徐々ジョジョに朝起きられないようになり、
ついにほとんど出社シュッシャ拒否キョヒ状態ジョウタイオチイり6/16から1ヶゲツ休職キュウショク余儀ヨギ
なくされる。
クスリだけでナオるとオモイマまでと
オナじようなペースで仕事シゴト
していました。
ただ、次第シダイアサきられない
ようになっていき、ナマココロ
せいだと自分ジブンめて何とか
出勤シュッキンツヅけていました。
心身症シンシンショウテキ症状ショウジョウにもっとハヤ
気付キヅくべきでした。
また産業医サンギョウイ相談ソウダンして通院ツウインサキ
検討ケントウしたホウかったでしょう。
会社カイシャにはられたくない、という
心理シンリハタラき、産業医サンギョウイ活用カツヨウしな
かったコトやまれます。
ダイ一回イッカイ休職キュウショク:2003/6/16〜7/15
えず、1ヶ月間ゲツカン休職キュウショクするコトになった。
1ヶゲツ、という期間キカン診断書シンダンショは「えず」、というコトらしい。
しかし会社カイシャヤスんだものの、症状ショウジョウわらず、診断書シンダンショ休職キュウショク期間キカン
わったから、という理由リユウだけで一旦イッタン復職フクショクした。
ほとんど毎日マイニチてばかりの
生活セイカツでした。
カンガえるコト出来デキず、ナニ
カンガえていませんでした。
1ヶゲツ期間キカンでは、アキらかに
ミジカすぎました。
精神的セイシンテキホトンヤスめていなかった
タメ長期チョウキヤス覚悟カクゴめた
ホウかったのでしょう。
中間チュウカン復職フクショク:2003/7/16〜7/22
えず、出勤シュッキンはしてみたものの、状況ジョウキョウナニわらず、
無理ムリをした結果ケッカ、7/22に会社カイシャ気分キブンワルくなり、タオれる。
休憩キュウケイショヨコになっているところを発見ハッケンされ、ナカ強制的キョウセイテキ帰宅キタク
させられた。翌日ヨクジツより本格的ホンカクテキ長期チョウキ休職キュウショク突入トツニュウした。
気合キアイだけでナンとかしようと
していました。
一番イチバン必死ヒッシに「もがいて」いた
時期ジキかもしれません。
気合キアイナンとかなるのなら、ダレ
こんな病気ビョウキにはなりませんね。
休養キュウヨウ必要性ヒツヨウセイハヤミトめて、
ヤスんだホウかったでしょう。
ダイ二回ニカイ休職キュウショク:2003/7/23〜2004/7/22
産業医サンギョウイ紹介ショウカイで、7/25からアタラしい病院ビョウイン転院テンインすることとなった。
アタラしい主治医シュジイツヨススめもあり、オモって長期チョウキでの休職キュウショク突入トツニュウ
診断書シンダンショは、1ヶゲツ+2ヶゲツ+3ヶゲツ*3カイ=12ヶゲツ
最初サイショは、ここまで長期チョウキ休職キュウショクになろうとはオモわなかった。
最低限サイテイゲンモノ以外イガイは、ほぼ部屋ヘヤきこもり状態ジョウタイ
時々トキドキ実家ジッカ半月ハンツキほど帰省キセイして休養キュウヨウするが、症状ショウジョウ改善カイゼンせず、
そのままの状態ジョウタイで2004ネンムカえる。
ガツナカばからナンとかある程度テイド時間ジカンネムれるようになり、それを
サカイ徐々ジョジョ回復カイフク傾向ケイコウられるようになった。
ホトンカラダウゴかさなかったタメ休職キュウショクマエクラべ、体重タイジュウは18kgも増加ゾウカ
ナンとかするべく、3ガツから1時間ジカンクライずつ自転車ジテンシャハジめて、
ガツまでには、ほぼモト体重タイジュウまで減量ゲンリョウ成功セイコウ
トキオナじくして、このコロから、コウウツザイゲンヤクハジまった。
ネン、という区切クギりでもあり、自分ジブンでもナンとかいけるのではないか、
オモハジめたので、主治医シュジイ相談ソウダン結果ケッカ、7/23からの復職フクショク
決意ケツイする。
休職キュウショク当初トウショは、やはり仕事シゴト
になっていました。
また長期チョウキ休職キュウショクするコトで、
マワりに迷惑メイワクをかけることに
カンじていました。
実際ジッサイ自分ジブンわりに仕事シゴト
するコトになったヒトは、冬季トウキ
ツキに100時間ジカン以上イジョウ残業ザンギョウ
いられる結果ケッカになり、
非常ヒジョウカンじました。

ネムれるようになったのは実家ジッカ
での何度目ナンドメかの休養中キュウヨウチュウ
ことでした。
逆説的ギャクセツテキですが、あの状態ジョウタイで、
イソガしい冬場フユバることは
不可能フカノウだったでしょうから、
夏場ナツバのうちに、休職キュウショクまって
かったのかもしれません。

また、食事ショクジ洗濯センタクといった心配シンパイ
をするコトなくごせた実家ジッカでの
休養キュウヨウは、効果コウカがあったようです。
家族カゾク感謝カンシャですね。

最後サイゴの3ヶゲツ診断書シンダンショは、オモ
睡眠スイミン障害ショウガイアサきる自信ジシン
タメいてもらったもので、
コウウツザイゲンヤクススんでいたので
ウツ状態ジョウタイそのものは、スデにかなり
くなっていたのだとオモいます。
復職フクショク:2004/7/23〜
月中ガツチュウは4時間ジカン勤務キンム、8・9ガツは6時間ジカン勤務キンム様子ヨウスる。
9/17の通院ツウインスデゴク少量ショウリョウ服用フクヨウとなっていたコウウツザイ完全カンゼン
撤去テッキョ主治医シュジイからワタされる。
現在ゲンザイコウウツザイ服用フクヨウしていないものの、体調タイチョウ問題モンダイなし。
服薬フクヤクヨル睡眠薬スイミンヤクケイ少量ショウリョウノコるのみとなり、10ガツからは、
定時テイジ出勤シュッキン定時テイジ退社タイシャの8時間ジカン勤務キンムとするコトとし、一応イチオウ完全カンゼン復職フクショク
たすこととなった。
復職フクショク当初トウショは、半日ハンニチ勤務キンム
でも非常ヒジョウツカれました。
また、定常テイジョウ業務ギョウムアタえられ
ない状況ジョウキョウコマりました。
マワりが違和感イワカンなくれて
くれたコト感謝カンシャしています。
ワタシわりに、仕事シゴト一手イッテ
けてくれたカタにも、
復職フクショクヨロコんでもらえ、一気イッキ
ラクになりました。
えず、今回コンカイ闘病トウビョウ
ここでえるコトにします。
カエってみて
イマ主治医シュジイの、「この病気ビョウキ最大サイダイクスリ充分ジュウブン休養キュウヨウである」という信念シンネンによって、ワタシ回復カイフクできたのだとオモいます。
会社カイシャガワからは復職フクショクのプレッシャーもったのですが、休職キュウショク診断書シンダンショコトには、主治医シュジイナニのためらいもありませんでした。
また、商売ショウバイいようで、不要フヨウオモえばクスリはどんどんらされてきました。診察シンサツ時間ジカンも30フン程度テイドってくれました。
実際ジッサイのところ、転院テンインマエ一番イチバンオオくのクスリ服用フクヨウしていた時期ジキで、ワルえば「クスリけ」状態ジョウタイでした。
でも、大量タイリョウクスリ服用フクヨウしていても、クスリだけでは全然ゼンゼン症状ショウジョウオサまりませんでした。
転院テンインマエのクリニックでは、1時間待ちの3分診療、という感じで正直ショウジキなところ、クスリモラタメだけに通院ツウインしていました。
この病気ビョウキにとって、信頼シンライける医師イシとの出会デアいが、ジツのところはモット大切タイセツなのではないか、とオモいます。
最後サイゴに、適切テキセツ服薬フクヤク充分ジュウブン休養キュウヨウで、ウツカナラナオります。
その為にも、早めに通院し、信頼できる医師の診断を受ける事が大切だとオモいます。