下記の文はCAPの活動のテキストでもある童話館出版『「ノー」をいえる子どもに』サリー・クーパー著、砂川真澄訳P59~62よりの引用です。 '04.5/2
虐待のもたらすもの
長い目で見たとき、子ども時代の被害経験がどのような影響を与えるかについては、慎重に書かなければなりません。
というのは、読者が子ども時代に暴行された人は後ろ向きで、暴力的で、精神的に異常だと決めつけてしまう恐れがあるからです。
そのような憶測は間違っています。子ども時代に受けた虐待は確かに傷となり、おとなになってからもいろいろな問題を引き起こすことが少なくありませんが、重要な事は、その被害体験を克服し、人生を肯定的に展開させた成人のサバイバーがたくさんいる事です。
オプラ・ウィンフリー、ロッド・マーキン、マヤ・アンジェロ、前上院議員ポーラ・フォホーキンズ、マイケル・リーガンらは、子ども時代に暴行を受けたにもかかわらず、多くの事を為し遂げました。
しかしながら、子ども時代の被害経験がおとなになっても精神的後遺症(トラウマ)になって残る事もあります。
なかなか他人を信頼できなかったり、ひどくびくびくしていたり、自分はだめな人間なんだと悩んでいる成人のサバイバーがたくさんいることはケースをとおして知られています。
子ども時代に性的虐待を受けたサバイバーの多くが性的機能障害を持っていますし、ひどい身体的虐待や性的虐待を受けた人の中には抑うつ状態、自殺念慮、分裂性障害、多重人格障害といったさまざまな精神面での問題に苦しんでいる人もいます。
1986年にNAPC(全国暴行防止センター)が行った調査によれば、精神衛生上の治療を受けている男女は一般の人よりも、虐待された経験を持つ事が多い傾向にあることが分かりました。
レイプについて、女性標準グループでは32パーセントが被害経験があると答えているのに対し、精神科施設の女性入院者では60パーセントがそう答えています。
男性の場合、標準グループが2パーセントであるのに対して、入院者の36パーセントがレイプの被害者経験を持っています。
ケーススタディーや調査では、摂食障害、不眠症、引きこもり、激しい罪悪感や羞恥心などとともに、麻薬中毒、アルコール中毒、売春の実例も紹介されています。
また女性の成人サバイバーが極度の無力感と自己嫌悪に陥る事は繰り返し報告されていますが、女性のサバイバーの場合、怒りを自分に向け、自己破壊的行動や自傷行為に走る傾向があります。
一方、男性の成人サバイバーは怒りを外に向ける傾向があり、家族や他人を傷つけることもあります。
ダイアナ・ラッセルは930人の女性を調査し、子ども時代に近親姦の被害を受けた女性は暴力的な夫と結婚する確率が2倍、夫にレイプされる確率が3倍高いことを明らかにしました。
これは女性にとって子ども時代の性的虐待が、被害者役を刷り込まれるきっかけになりうる事を示唆しています。
一方、成人の男性加害者も子ども時代に暴行された経験を持つことが多く、これは男性にとって子ども時代の被害経験は攻撃行動の学習になる可能性がある事を示しています。
子ども時代に暴行された女性の中に精神疾患を患う人が出てくる事は多くの研究で示されています。
ある研究では、性的虐待を受けた女性はそうでない女性にくらべて、抑うつ状態や精神病で入院する危険が2倍高いという結果が出ました。
被害を受けた子どもに最も共通して見られる特徴は、怒りと敵意です。少年非行と子ども時代の虐待に関連があるのは驚くことではありません。
デビッド・サンドバーグは『子ども虐待と非行の関連』のなかで次のように述べています。
事実、もしわれわれが子ども虐待を防止しうるならば、さまざまな社会病理や思春期以降の個人的な悩みは言うまでもなく、かなりの数の犯罪や非行を減らす事が出来ると私は確信している。これは子ども虐待の被害者が反社会的人間に成長するという意味ではない。けれども、自他にひどく破壊的な行動を取るおとなの多くが、子ども時代にひどい虐待を受けた経験を共有していることを示す調査結果がますます増えてきている。
1973年から1978年にかけてジョゼ・アルファーロがニューヨーク州議会の子ども虐待に関する特別委員会の委員長だったとき、子ども虐待と非行の関連について調査をしています。
それによれば、1970年代初頭に非行で報告された子どものうち、男の子21パーセント、女の子29パーセントが、かって虐待かネグレクト(育児放棄)の被害者として通報されていたことが分かりました。
また、子ども虐待あるいはネグレクトで通報された家庭から、非行少年が出る確率は50パーセントにのぼっています。
防止の必要性
サバイバーの体験に耳を傾け、調査結果を見れば、どれほど暴行防止が必要かは明らかです。
それは虐待それ自体の生々しい苦痛を終わらせるだけでなく、多くの人の一生を決定的に変えることになるからです。
コロンバスに住んでいるある女性は、子ども時代に受けた虐待を心理療法で思い出したことから、この7年間心理療法の仕事をしています。彼女は今でも虐待のことを思い出し、幼い頃の家庭生活を振り返っては深い絶望感を何度も味わってきました。それは子どもが信頼感と自尊心を獲得するために愛情と指導を必要とする時期のことだったのです。
彼女は長い間、汚された感覚を振り払おうと空しい努力を続けていました。身体だけでなく魂までもが虐待の醜さによって永久に汚されてしまったと、彼女はずっと思いこんできたからです。
けれど心理療法家として子どもに向かう彼女は、愛情を注ぎ、与え、有能で、ひたむきな、恐れを知らない擁護者です。
彼女ほど虐待を「忘却」することの危険、話しかける相手も、助けを求める場所もなくすことの危険を知っている人はいません。
たとえ、子ども時代に刻み込まれた虐待の傷あとに日々苦しんでいる人であっても、誰もがすばらしく安全に生きられる世界を目指して、貢献することができるのです。